【感想】天気の子【ネタバレあり】

 公開直後に天気の子を観に行ってきました。画とか曲のクオリティは高いし、メインストーリーは面白いしで良い映画でした。というわけで、今回はネタバレ込みで感想を記録します。

【作画】

 期待通りでした。まあ新海誠監督なので、この点は全く心配はしていませんでした。特に関東平野と空を映した引きの画や、雨などの水の描写はとても綺麗でした。

【音楽】

 挿入歌も非常に良かったです。まあこれも当然というか、期待通りって感じでした。

【キャラクター】

 キャラクターの評価は難しい……。というのも、キャラクターに感情移入出来るかどうかはキャラの質とは別に、観客個々人の主観によるところもとても大きいからです。

 そう前置きしたうえで書くと、 今作の主人公の帆高君については、個人的には彼の感情の推移を追うことが出来ず、感情移入することが出来ませんでした。普通拾った銃をずっとカバンに入れておきますかね?トラブルに巻き込まれたときにいきなりそれを人に向けますかね?しかも引き金引くし。最後には自分の意志で警察に銃口向けるし。拳銃を扱うって結構な覚悟がいると思うんですけど、今作ではその覚悟の動機が伝わってきませんでした。大した覚悟もなく人に銃を向ける少年に感情移入はできませんね。

【シナリオ】

・未回収の設定?

 水の魚はなんだったの?あのでかい水の塊は?船で帆高君に直撃した意味は?

・線路ダッシュ

保線員はぼーっと見てないで止めろ。走ってくるのはだいぶ遠くからでも見えるだろ。大してエモい画でもなかったし、あのシーン自体失敗なのでは?

・拳銃の是非

 繰り返しになってしまいますが、やはり全体を通してかなり気になったのが拳銃の存在です。本物の拳銃がシナリオに絡むことで、雰囲気が重苦しく感じました。また、ファンタジーとは違った意味で非現実感を生じさせており、本作品の世界観への没入を妨げているように思えました。警察が強く主人公達を追う動機付けとして必要な小道具、という意味では理解は示せますが、そこで「拳銃」を選択する必要はあったのでしょうか。いっそ明らかにファンタジックな外見の銃なら違和感はなかったかもしれない。

・共感対象を広げようとする下心

 本作は「君の名は」の流れで幅広い年齢層に注目されていることを意識してか、様々な客層に共感してもらえそうなポイントが散りばめられてました。小学生以下は凪君に、メインターゲットの中高生は帆高君と陽菜さんに、大学生や新社会人は夏美さんに、そして子を持つ親世代は須賀さんに、といった具合です。

 ただ、これらの演出はだいぶ過剰であったように思います。例えば、夏美さんが就活するシーン。就活生には響くかもしれませんが、あのシーンがなくても本作は成立します。あと寒い。多方面から共感を取り付けようとして、軸がぶれているというか、本筋が薄まっているような。製作の下心が透けて見えたような気がして少し興ざめでした。

・セカイ系……?

 エヴァ以降に確立された(と言われる)「セカイ系」というジャンルがあります。主人公は世界と”君”を天秤にかけ、世界を取れば悲しいエンドに、”君”を取れば二人は幸せだけど世界が大変なことに……というのが安直なセカイ系のテンプレートです(※個人の意見です)。

 そういう意味では、 本作は大筋では「セカイ系」と呼ばれるジャンルに属しているように思えます。 しかし一方で、エンディングで帆高君は須賀さんに「世界に影響を与えた?思い上がるな」的なことを言われており、明確にセカイ系を否定してもいます。しかしさらにその後、主人公は自分が世界を変えたと感じていることが改めて明示され、セカイ系を主張してもいます。

 おそらくはこの辺が本作の大きなコンセプトの一つで、「セカイ系における強い影響力を自負する”主人公”」と、「実際には個人が影響を及ぼすことなどできるはずもない強大な”世界”」との対比というものを書きたかったんだろうな、と思います。

……個人的にはどっちかにしてくれって思いますけどね。中途半端にどっちつかずで書くくらいなら、素直に「世界に影響を与えられる俺つえー」でいいじゃん!

 まあ、背景綺麗だし、曲めっちゃいいし、「天候」というテーマは好きだし、良い映画だとは思います。

(追記)

・手錠について

最後に「手錠」ってアイテムが出てきたと思うんですが、演出としては天界から戻ってくるときに2人が手錠で繋がれて降りてきた方が良かったと思います。少なくとも自分は鑑賞中そういう展開になるんだろうなと思って観ていたので、最後まで使われなくて拍子抜けしてしまいした。じゃあなんでわざわざ手錠なんてかけたんだ。

もし2人を手錠で繋ぐ演出をした場合、手錠は「2人は『世界に対する罪』(=世界を水びたしにすること)という関係で結ばれてる」ことを示唆するアイテムになります。素人が安直に思いつくようなこの演出をしなかったということは、新海監督は「陽奈に罪はなく、帆高の単独犯」と考えているのでしょうか。確かに迎えに行ったのは帆高君だけど、戻る意思決定自体は陽奈さんもしている訳だし、共犯にしておいた方が収まりがいい気もするんですけどね。

(追記 8/14)

・結論

1.今作のシナリオの世界観と、作画の世界観がマッチしていない。
 画は現実の東京の街を書いていてリアルなのに、そこにいる警察や鉄道保線員の行動が現実世界のそれと異なっている。それ故に、最後に沈んでしまった東京の街は見た目は現実の東京のようではあるが、その実はフィクションの街になってしまっている。
 フィクションのルールとして、現実のルールが適用される箇所、フィクションのルールが適用される箇所は明示されるべきだと思う。

2.主人公は葛藤すべきだ。
 今作の主人公は、世界に何も未練がない。
 セカイ系の主人公が世界に未練がないこと自体は普通ではあるが、それは自分と直接かかわりのない外側の世界に対しての話。自分と直接つながった人たちで構成されるセカイは、失いたくないものがあることが基本である。
 今作の主人公は世間という意味での世界には未練がない(逃げてきたくらいだし)ことはもちろん、自分と直接かかわった須賀さんや夏美さんとのつながり(セカイ)にも大して未練はない。だから世界か陽菜さんか、という選択に対しては、葛藤することなく陽菜さんを選択する。そこにカタルシスはない。解決手段もお参りするだけで大して困難を伴わないヌルゲーだし。
 もしこれがノベルゲーなら夏美さんルートを攻略して強いつながりを作ったのち、陽菜さんルートで選択を迫ることになるだろう。葛藤と困難を乗り越えてこそ、大団円のカタルシスが生じると思う。

 

新生活について

 私の先週一週間の仕事は「電話を3回取り次いだだけ」でした。

 

 さて、そんな感じで新生活が始まって一週間が経ったのですが、平日は歓迎会等で帰りが遅く、荷解きは一向に進んでおりませんでした。

 そんな折、週末に両親が近くまで来る用事があるというので、今日は両親に手伝ってもらって荷解きをしていました。両親にはベッドの設置から日用品の収納、棚の買い出しまでやってもらい、この年になってもまだ甘えっぱなしで情けない限りです。

 一方で、買い出し帰りの車の後部座席で「学生時代だったら、気分次第でこのまま実家に帰ることもできたんだな……」と、学生時代のようには甘えられない現実も痛感しました。学生時代とは 明確に異なる社会的段階に進んできてしまったんだな、と。

 

 荷解きが終わって聞いてみれば、両親の用事は全然近くなんかじゃなかったし(なんなら母親はわざわざ朝一の新幹線で来ていた)、きょうだいからは心配して電話がかかってくるし。家族にもこんなに心配されている状態で、この先ちゃんとやっていけるのか……?まずは流石に今週からは何らかの仕事はあるだろうから、それをちゃんとこなせるように頑張らないとですね。

 とりあえずは、今日は新しい布団を敷いてゆっくり寝ようと思います。寝坊しないように注意せねば。